教本『大自然の法則と人間の使命』
第十七章 知らせを解く方法
凡例:金枠=原典(暗記対象・出典付き。主に『実踐哲学の学び(その2)』に依る)/灰枠=〔編者注〕・譬え・具体例(原典の言葉ではない)/〔出典:…〕=地の文中の典拠。教義は不変、原典は実在テキストからの引用のみ。
この章がなぜ「実践の要」か
法則を頭で知っても、目の前の一つの苦を前に「これをどう扱うか」が身につかなければ、生活は変わらない。その扱い方が、理解する・解く・さとるの三つの作業である。当来佛はこれを三法印として示された。
【原典】当来佛の三法印 『実踐哲学の学び(その2)』
一、(すべての事象は神佛に)させられている。二、(神佛からの意図があり)知らせの解明。三、(神佛にその意味を問う)ご神示による解明、行動。
── 出典:実踐哲学の学び(その2)「さとりの検証」・当来佛の三法印
〔編者注〕 旧佛教の四法印/三法印の数え方(一切皆苦を数に含めるか)と、当来佛の三法印がそれと独立の独自の教えである経緯は、第一章の〔編者注〕を参照。
この一・二・三が、そのまま「理解する(一)→解く(二)→さとる(三)」に対応する。
三法印の一・二・三は、そのまま三つの作業になる。この章全体の見取り図を図34に掲げる。
図34の読み方
図34は、この章の見取り図である。上の金枠が当来佛の三法印 ──「一、(すべての事象は神佛に)させられている。二、(神佛からの意図があり)知らせの解明。三、(神佛にその意味を問う)ご神示による解明、行動」。この一・二・三が、そのまま三つの作業になる。一は「理解する」=苦が来たとき反射を止め、自分に向けられた合図だと受け止め直すこと(図35)。二は「解く」=御意趣を読み解くことで、ここが核心であり、最も難しい。思いつきに堕ちないための備えが四つある(図36)。三は「さとる」=解いた意図に沿って心と行いを改めること。さとりには「解、悟、覚」の段階がある(図37)。下の枠は、この章がなぜ「実践の要」かを示す ── 法則を頭で知っただけでは、生活は変わらない。三つの作業が身につくと、知識が「構え」に変わる〔出典:実踐哲学の学び(その2)「さとりの検証」・当来佛の三法印/本書 第一章・第十七章〕。

第一の作業 ── 理解する
苦が来たとき、人は反射的に「運が悪い」「あいつのせいだ」と外に投げる。その瞬間、知らせはただの不運になる。第一の作業は、その反射を止め、「これは、させられている=自分に向けられた合図だ」と受け止め直すことである。第四章「偶然はない」、第十四章「苦は知らせ」が、ここで“知識”から“構え”に変わる。腑に落ちるとは、この構えが身につくことだ。
同じ苦が、外へ投げればただの不運になり、受け止め直せば知らせになる。その分かれ目が図35である。
図35の読み方
図35は左右で読む。真ん中の「苦が来る」は、同じ一つの出来事である。左は反射のまま ──「運が悪い」「あいつのせいだ」と外に投げる道で、その瞬間、知らせはただの不運になる。電話のベルは、受話器を取らなければ鳴り続ける(図29)。気付かなければ、知らせは形を変え、大きくなって掛かる(図30・図31)。右は反射を止める道 ──「これは、させられている=自分に向けられた合図だ」と受け止め直すと、同じ出来事が「知らせ」になり、第二の作業へ進める。分かれ目は出来事の側ではなく、受け取り方の側にある。上の金枠は、何が知らせかを原典の語で示す ── 事故・事件・病気・不和などの「苦」だけでなく、「嫌だな」「おかしいな?」と、心で思う状況も知らせである〔出典:実踐哲学の学び(その2)「苦は知らせ」/本書 第四章・第十四章〕。

第二の作業 ── 解く(御意趣=意図を読み解く)
ここが核心であり、最も難しい。
(1)なぜ「ご神示・絵姿」が要るのか
意図は目に見えない(霊観の次元)。原典は、ここを思いつきにしないための道具を用意している。
【原典】御意趣とご神示 『実踐哲学の学び(その2)』
知らせには(神、佛の)御意趣、意図が有り、御意趣を知るためには、『ご神示』が欠かせず、(神、佛から)ご神示で解けば、苦の意図が分かる。意図を知ればお任せが出来、善い様(如意)になり、そうすると(心が平静になり)涅槃寂静になる。
── 出典:実踐哲学の学び(その2)
(2)どう解くのか ── 連想(掘り下げ)
原典は、解く作業の実際をこう述べる。いつ・どこで・誰と・何の数字で・どんな雰囲気で起きたか──その一つひとつを手がかりに、意味を連想でたぐり寄せる。これが「掘り下げ」である。
【原典】連想で合図を解く 『ご神示』
知らせがあった状況、場所、名前、数字、雰囲気、相手の人物等から、連想を生かして合図の意味を解く。
── 出典:ご神示
(3)独りよがりを防ぐ物差し ── 正教の条件
連想は放っておけば思い込みに堕ちる。それを防ぐのが第十八則で、霊観(受けた意図)・法理(教え)・現象(目の前の現実)の三つが一致して初めて、正しい意図と認める。一つでも欠け・ズレれば、まだ解けていない。
【原典】第二部 第十八則 正教の条件 『諸法の原理原則』
── 全文は 第一章「宇宙は一つの『決まり』に貫かれている」 の項に既出(諸法の原理原則 134〜135頁)
(4)形而下・形而上の両面で
車が故障したら、まず修理する(形而下)。同時に「なぜ今この故障が起きたのか」を問う(形而上)。片面だけでは解けず、形而上の意味を無視すれば、また次の知らせが掛かってくる。第三章「形而上と形而下は不離一体」が、ここでもそのまま能いている。
解く作業には、思いつきに堕ちないための備えが四つある。(1)から(4)を一枚にまとめたものが図36になる。
図36の読み方
図36は四段に読む。(1)なぜご神示が要るのか ── 意図は目に見えないので、「御意趣を知るためには、『ご神示』が欠かせず」、解ければ「意図を知ればお任せが出来、善い様(如意)になり、そうすると(心が平静になり)涅槃寂静になる」。この五つの段を横に並べた。(2)どう解くのか ── 手がかりは「状況、場所、名前、数字、雰囲気、相手の人物」の六つで、そこから「連想を生かして合図の意味を解く」。これが掘り下げである。(3)独りよがりを防ぐ物差し ── 霊観・法理・現象の三つが一致して初めて、正しい意図と認める(第十八則 正教の条件)。一つでも欠け・ズレれば、まだ解けていない。(4)形而下・形而上の両面 ── 故障した車は修理し、同時に「なぜ今か」を問う。片面だけでは解けない〔出典:実踐哲学の学び(その2)/ご神示/諸法の原理原則 第二部 第十八則 正教の条件〕。

第三の作業 ── さとる(実践して、心と行いを改める)
解いただけでは知らせは止まらない。解いた意図に沿って心と行いを改める(実践する)。改めた瞬間に、知らせはその役目を終える。そして当来佛は、この「さとり」に「解・悟・覚(了)」という深まりがあると説かれた。
【原典】さとりの段階 『実踐哲学の学び(その2)』
「さとり」としたのは、さとりには「解、悟、覚」と段階があるからである。
── 出典:実踐哲学の学び(その2)
その深まりは、次のように説かれている。
・解(げ)……「これは神佛の合図だ」と理解する段階。さとりの前段(入り口)である。
・悟(ご)……五感(五つの口)から入ってきた合図を、心で受けとめ、その意味を捉える段階。
・覚(かく)……右の耳で聞いた内容と左の耳で聞いた内容を頭の中で掛け合わせるように、形而上・形而下の両面から検討し、はっきりと見極める段階。
・了(りょう)……解・悟・覚が総合・統合され、「済んだ」という状態。
【原典】さとりは順番でない 『実踐哲学の学び(その2)』
この「解、悟、覚」のさとりの段階は、順番に来るものでもない、進んで来るといきなり覚のさとりになる場合もある。
── 出典:実踐哲学の学び(その2)
大切なのは、解・悟・覚は必ずしも順番ではなく、深く取り組めば一気に「覚」に至ることもある、という点だ。頭で「解った」で止めず、心で受け、両面で見極め、実践して初めて、知らせは根から解消する。解けて実践できたとき、原典は次の四つが現れるという。
【原典】知らせが解けたら 『実踐哲学の学び(その2)』
一、苦が改善する。痛み、苦しみ、病状が和らぐ、治る。二、問題の対象者、相手の態度が変化する。三、物事の状況、事業等の事態が改善する。四、予期しない善い事が起こる。
── 出典:実踐哲学の学び(その2)第三章「知らせが解けたら」
解・悟・覚・了の深まりと、解けたときに現れる四つを、図37にまとめた。
図37の読み方
図37は上から下へ、さとりの深まりを四段で示す。解(げ)は「これは神佛の合図だ」と理解する段階で、さとりの入り口である。悟(ご)は五感(五つの口)から入ってきた合図を、心で受けとめ、その意味を捉える段階。覚(かく)は形而上・形而下の両面から検討し、はっきりと見極める段階。了(りょう)は解・悟・覚が総合・統合され、「済んだ」という状態である。ただし左の破線が示すとおり、この段階は「順番に来るものでもない。進んで来ると、いきなり覚のさとりになる場合もある」。下の金枠は、解けて実践できたときに現れる四つ ──「一、苦が改善する。二、問題の対象者、相手の態度が変化する。三、物事の状況、事業等の事態が改善する。四、予期しない善い事が起こる」。頭で「解った」で止めず、実践して初めて、知らせは根から解消する〔出典:実踐哲学の学び(その2)「さとりの段階」「さとりは順番でない」第三章「知らせが解けたら」〕。

ここで第三部を振り返っておく。三法印の三段を筋に、第十四章から本章までと、これまでの図の所在を一枚に並べたのが図38である。
図38の読み方
図38は三段に読む。上段は当来佛の三法印 ──「一、(すべての事象は神佛に)させられている。二、(神佛からの意図があり)知らせの解明。三、(神佛にその意味を問う)ご神示による解明、行動」。この三段が第三部を貫く筋である。中段は四つの章。第十四章は「知らせ」とは何か ──「『大自然の或る存在(神佛)』からの『合図』」であり、周囲に起こる苦がその現れである(図29・図30・図31)。第十五章は誰に・何のために ── 範囲は個人・家族集団・社会に分かれ、「その人の心がけ、立場、能力、力量、使命感に応じて」変わる。意図は「一、注意。二、予告。三、戒め、警告」の三つである(図32)。第十六章はなぜ掛かるか ── 第一義は「大自然の法則に外れているから」で、外れの四つは神佛・先祖・社会・個人にわたり、裏返せば恩に応えることである(図33)。第十七章はどう扱うか ── 理解する・解く・さとるの三つの作業である(図34〜図37)。下段は、解けて実践できたときに現れる四つ ──「一、苦が改善する。二、問題の対象者、相手の態度が変化する。三、物事の状況、事業等の事態が改善する。四、予期しない善い事が起こる」。ただし、知らせの数の多少では測らない。「本気になると、ドンドン知らせが掛かり、罪業を取ってやろうとされる」〔出典:実踐哲学の学び(その2)/掘り下げ(改訂版)〕。

──その要となる「ご神示」と「絵姿」の具体は、次の第四部「神佛との交信」で詳しく見ていく。