章2

実践書

第二章 大自然の法則とは何か

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』第二章「大自然の法則とは何か」(図3〜図10)

大自然の営みは、すべて「決まり(法則)」に基づく。決まりは秩序のためにあり、逃れられないが、知って適応すれば、無駄なく生きられる。第二章は、その法則(『諸法の原理原則』の理と則)のうち、日々の実践に直接つながるものを選び、原典と説法で確かめる章である。49の理・則の全体は、教本の図6(諸法の原理原則の地図)で見る。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節015 法則は秩序のためにある ── 分(住位)と感謝・責任

教本の対応: 第二章「法則は秩序のためにある」(第三章 第三理・第五章 第三理)

【原典】「あらゆる万物は、その「分」に応じて「処」を得る。」

── 『諸法の原理原則』第3章「万有、万物の性質」第三理「万有、諸行に住位と分がある」51頁

【原典】「祖先、先輩、年長に感謝、報恩の念を捧げ、未来の子孫、後輩、年少に対して責任を持ち、使命を果たさなくてはならない。」

── 『諸法の原理原則』第5章「万有、諸行の基準」第三理「感謝と責任の念」95頁

【原典】「また、空間的延長の多衆に対しても感謝、報恩の念を持ち、同時に責任を持ち、分担任務を果たさなくてはならないのである。」

── 『諸法の原理原則』第5章「万有、諸行の基準」第三理「感謝と責任の念」95頁

【説法 2026/9/2「自己の住位」の意味とは?】そのような決まりである、「大自然の法則」の中で私たちは生かされているのである。

【言及】● 「決まり」「法則」は原典の語。説法は、そのような決まりである「大自然の法則」の中で、私たちは生かされている、と言う。

【説法 2026/9/10「喜びの場所」は、ありますか?】これが「自己の住位」という言葉で、大自然は教えられている。

【言及】● 「住位」は原典の語(第3章 第三理)。説法は、家族・親族・地域の中での自分の位置を「自己の住位」と言う(「住位」は説法337本中25本)。

【説法 2026/9/9「感謝」の心がありますか?】自由の裏には、必ず責任があるように、感謝(恩)の裏には報恩がある。

【言及】○ 原典「感謝、報恩の念」と「責任を持ち」と近い。説法は、自由の裏には責任があるように、感謝(恩)の裏には報恩がある、と言う。

【気を配る】自分の住位(家族・職場・会の中での位置)と、そこで任された役割・限度。感謝(受けた恩)と責任(次へ渡すこと)が、釣り合っているか。
【実践】今日、自分の住位を一つ思い出し、そこでの役割を一つ果たす。受けた恩を一つ思い出し、返す行いを一つ決める(第二十五章へつながる)。

【私の体験】

手がかりの問い: 自分の住位(家族・職場・会)は何か。そこで、役割を果たせた日、果たせなかった日を一つずつ書く。

日付:   出来事:

節016 能きは平等で、慈悲で、方便 ── 縁なき衆生は度し難し

教本の対応: 第二章「諸法の原理原則 ── 第二部の十九則」第一則・第四則・第五則・第六則・第十七則

【原典】「大自然の動き、能きは、太陽の光のように、常に全てに「平等」に及ぶ。」

── 『諸法の原理原則』第2部「大自然の動き、能きの定理」第一則「能きは平等」103頁

【原典】「しかし「縁なき衆生は、度し難し」。自ら進んで大自然の意志に近づかず、遠ざかるものは救えない。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第一則「能きは平等」103頁

【原典】「大自然の動き、能きは、「慈悲」の心、手段、方法で全ての衆生を済度する。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第四則「能きは慈悲」110頁

【原典】「大自然は、「方便」で衆生を済度されるが、嘘、偽りではない。それを、「善巧方便」という。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第五則「能きは方便」111頁

【原典】「大自然の済度、救済の目的は、苦集滅道から苦集滅度へ導くためにある。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第六則「能きの目的」114頁

【原典】「大自然の動き、能きは、必ず「正」を祐け、「邪」を伏す。だから邪は、正に勝てない。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十七則「能きは正」133頁

【説法 2026/9/14「教え」は、生きる道標!】そうではない、人間関係の出来事が大自然からの「知らせ」で、人が「善」に生きられるために、大自然が全ての者に平等に、適当に「知らせ(合図)」を送られているのである。

【言及】● 「平等」は原典の語(第一則)。説法は、人が「善」に生きられるために、大自然が全ての者に平等に「知らせ(合図)」を送られている、と言う。

【説法 2026/9/26出遭う、それは「縁」!】「縁なき衆生は、度し難し」で、救われることは、永遠にできないということだ。

【言及】● 「縁なき衆生は、度し難し」は原典(第一則)と同じ句。説法は、救われることは永遠にできない、と言う(原典は、自ら進んで近づかず遠ざかるものは救えない、と言う。強い言い方は説法のもの)。

【説法 2026/5/31「苦」があるから、心が磨がかれる」】「苦」とは、「心」が善くなる為のもの(手段、方便)でもある。

【言及】● 「方便」は原典の語(第五則)。説法は、苦は、心が善くなるための手段(方便)でもある、と言う。

【気を配る】大自然の能きは、誰にも平等に及ぶ。それを受けるか遠ざかるかは、自分の側にある。思いどおりにならない出来事も、方便(善くするための手段)かもしれない、と受ける。
【実践】今日、思いどおりにならなかったことを一つ選び、「善くなるための方便かもしれない」と見て、受け止め方を一行書く。体調や病気は、受診など形而下の手当を先にする。

【私の体験】

手がかりの問い: 思いどおりにならなかった出来事が、あとから「方便だった」と思えた経験を書く。

日付:   出来事:

節017 能きは比例し、合図で知らせる ── 学びを実行に移す

教本の対応: 第二章「諸法の原理原則 ── 第二部の十九則」第十則・第十一則・第十二則・第十四則

【原典】「大自然の動き、能きは、大自然の法の真理を会得する正確度の「高低」、量の「多少」に比例する。また会得した法理を「理解」「信じ」「実践」する度に比例して示現し、利益する。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十則「能きは比例」123頁

【原典】「教えの話を聴き、本を読み、法理を知るだけで、信じて業に実行しなければ、学ぶ意義(価値)は無い。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十則「能きは比例」123頁

【原典】「大自然の動き、能きとは、一切の万有の現象である。各自の見、聞、触知を通して「合図」する。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十二則「能きは合図」126頁

【原典】「大自然は、動き、能きのご意趣を、各自の「六根」を通じて、解れ、悟れ、覚れと、「証し」のために「知らせ」「合図」「予報」「警告」をする。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十二則「能きは合図」126頁

【原典】「大自然の動き、能きは、常に一事を示して、多くを証らせようとする。(一事多証、一対多証)」

── 『諸法の原理原則』第2部 第十四則「能きは多証」130頁

【説法 2026/9/20「実在する」と心にありますか?】自分が学ぶ努力をすれば、それだけのことがある。

【言及】○ 原典「理解、信じ、実践する度に比例して」と近い(「比例」の語は説法337本に0件)。説法は、自分が学ぶ努力をすれば、それだけのことがある、と言う。

【説法 2026/9/17「善」とは?】大自然は言う、「上手くいかない」ことが起こる、それは「心」の知らせ(合図)であり、その意味を解きながら、法座で大自然に問いながら「ご神示」でどこまでも、どこまでもやっていくことが、「善」に繋がっていくのである。

【言及】● 「知らせ」「合図」は原典の語(第十二則)。説法は、「上手くいかない」ことが起こるのは「心」の知らせ(合図)であり、その意味を解く、と言う(「合図」は説法337本に34本)。「一事多証」「多証」の語は、説法に0件。

【気を配る】学びの量と実行の量に、能き(結果)が比例する。聞いて知っただけで止まっていないか。出来事は、見・聞・触知を通した合図として、毎日来る。
【実践】今日聞いた(読んだ)教えのうち、一つだけ実行する。起きた出来事を一つ、「何を知らせているか」と一行書く(第十四章へつながる)。

【私の体験】

手がかりの問い: 学んだことを実行して、結果が変わった経験を一つ書く。実行しなくて、同じことが繰り返した経験も一つ。

日付:   出来事:

節018 歪みは矯正される ── 均衡矯正運動

教本の対応: 第二章「歪みは矯正される ── 均衡矯正運動」(第四章 第二理の細目)

【原典】「酒を飲んでいて頭が痛くなるのは、「それ以上飲むな」という大自然からの矯正である。」

── 『諸法の原理原則』第4章「万有、諸行の運動」第二理の細目「矯正と天敵」79頁

【原典】「歪みの修正が進歩。世界の歴史は修正の歴史。」

── 『諸法の原理原則』第4章 第二理の細目「矯正と天敵」79頁

【原典】「人生は、常に蛇行性。色々な不必要な力を防ぐために、大自然は絶えず調節している。」

── 『諸法の原理原則』第4章 第二理の細目「蛇行性 ── 人生の修正」80〜81頁

【原典】「叩かれて、心を磨いて、本当の名人になる。叩かれることによって上達する。」

── 『諸法の原理原則』第4章 第二理の細目「矯正と天敵」(「蛇行性」の直前)

【原典】「常に、「中庸」を歩むことである。」

── 『諸法の原理原則』第4章 第二理の細目「蛇行性 ── 人生の修正」80〜81頁

【原典】「均衡矯正作用だと分かると、状況が許せる、見守れる。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第二章「さとりの実踐」

【説法 2026/9/22「優しい心」を持つには?】原理原則には、世の中の現象には「矯正運動」が有って、歪(心)は常に矯正されるとある。

【言及】● 「矯正運動」は原典の語。説法は、原理原則に「矯正運動」があり、歪(心)は常に矯正される、と言う。

【説法 2026/8/12「分を知ることから?」】そうではない、必ず何かの反動、反作用、歪の矯正作用が起こる。

【言及】● 「矯正」は原典の語。説法は、必ず何かの反動、反作用、歪の矯正作用が起こる、と言う。

【気を配る】叩かれる・障害が出る・頭が痛い、などを、罰と決めつけていないか。歪みを正す能きと見ると、状況が許せる・見守れる、と原典は言う(第十四章・第二十八章へつながる)。
【実践】嫌な出来事や不調が出た時、「何が歪んでいたか(やり過ぎ・偏り)」を一つ考えて書く。身体の不調は、受診・休養を先にする。

【私の体験】

手がかりの問い: 「それ以上するな」と矯正された、と思える出来事は何か。そのあと、何を変えたか。

日付:   出来事:

節019 二つの法則 ── 形而上の法則(自然法)と形而下の法則(人為法)

教本の対応: 第二章「二つの法則 ── 形而上の法則と形而下の法則」「自然法と人為法」・図10

【原典】「つまり世の中には「形而上(自然法)」「形而下(人為法)」の両方の動き、働き、法則が有り、常に同時に働いているもので、片方だけの動き、働きでは物事も成就しないし、問題があった場合に解決も出来ない。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「自然法と人為(定)法」前

【原典】「必ず、両方の法則を知って進めていかないと上手く行かないものである。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「自然法と人為(定)法」前

【原典】「人為法は人間が定め、人間が規制して行く法律だが、自然法(大自然の法)は、大自然の主宰者たる神、佛が決め、神、佛が施行、監視、さらに制裁を加えておられる法だ。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「自然法と人為(定)法」

【原典】「ところが、大自然の法の場合は、施行、監視は神、佛が行われるので、目こぼしはない。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「自然法と人為(定)法」

【原典】「さらに、その制裁措置は、行為はもとより表面に見えない心、考えの部分まで及ぶ。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「自然法と人為(定)法」

【原典】「人為法の場合、実行しなくても、また法の枠からはみ出さなければ良しとされるが、大自然の法の場合、実行がないと合図が掛かり実踐を迫られるのだ。」

── 『實踐哲学の学び(その1)』「自然法と人為(定)法」

【説法 2026/4/21「人の心を大切にしていますか?」】人間界での「法(人為法)」で裁かれることがなければ、必ず大自然(自然法)によって裁かれるのである。

【言及】● 「人為法」「自然法」は原典の語(『實踐哲学の学び(その1)』ほか)。説法は、人為法で裁かれなければ、必ず自然法によって裁かれる、と言う(説法337本中、「人為法」は2本、「自然法」は3本)。

【説法 2025/12/3「大自然の法則は、宗教ではない】大自然の法則とは、例えば、日本人としてこの世に誕生したならば、同時に日本の国で決められた法律や決まりの中で生きていかなくてはならない。

【言及】○ 原典「両方の法則を知って進めていかないと上手く行かない」と近い。説法は、日本人として生まれたら、同時に日本の法律や決まりの中で生きる、と言う(形而下の決まりを守ることも、大自然の法則の内に置く)。

【気を配る】自然法(神佛が定めた法)は、表に出た行為だけでなく、見えない心・考えにまで及ぶ。実行がないと合図が掛かり、実践を迫られる。一方、法律・常識(人為法)も同時に守る。どちらか一方では、物事は成就しない。
【実践】今日、「法律・約束を守ったか」(形而下)と、「心の中で何を思ったか」(形而上)を、一行ずつ振り返る。人を責める材料にせず、自分の直す点を探す材料にする。

【私の体験】

手がかりの問い: 法律や常識は守っていたのに、心の持ち方で合図(うまくいかなさ)が掛かった、と思える経験は何か。

日付:   出来事:

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/出来事(評価を入れない)/形而下で先にしたこと/形而上(心・考え)で気づいたこと/何が歪んでいたか/実行したこと/「私はこのように学びました」の一文。

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