9月水曜日9

2026年9月9日(水) 知らせ・さとり

「自分より、相手のことを考えていますか?」

「自分より、相手のことを考えていますか?」


私たち誰もが、他人に言われた何気ない一言から「怒」の気持ちが出てくる、胸に刺さり、湧き上がるような怒りの気持ちになったことがあるのではないでしょうか?
「怒」の気持ちが働いた時、自分が「何故か?」「何が起こったのか?」を考えるよりも先に感情が出てしまい、顔、目つきの表情や言葉になり、また態度に表れてしまうのではないでしょうか?
何故、怒ってしまったのか?失礼な人だ!などと色々練って考える。
自分の尊厳や価値観が否定されたと感じて、誤解されていると思って、心が自分の体面を守ろうとするからではないでしょうか?
また、その根底には自分にとっての掛け替えのないもの、大切なこと、拘り、誇りなどを持っているからではないでしょうか?
それは案外、取るに足らないものかもしれない。
イヤ、そのことでもっと掘り下げなくてはならない事なのかもしれない。
そこで、何故、自分が「怒」の気持ちにされたのか?
相手は大自然に使われている、自分に修正を図るために大自然からさせられた。
相手の発言の内容の善、悪はともかく、悪なら大自然から制裁があるはずで、それは気にしなくて善い。
相手の名前か?相手の言葉か?話の内容か?聞かされた時のタイミングか?何を解かなくてはならないのか?どこに大自然の御意趣があるのか?を考える。
実際にご神示を頂きながら、次々追求していく。
そのように、御意趣を解いていくのが「大自然の法則」の学びの実践なのではないでしょうか?
「怒」の感情を持たされたことが、「知らせ(合図)」で、何かに気付け、立ち上がれ、と教えておられるチャンスではないでしょうか?
大自然は言う、「怒」が起こるのは、お互いがお互いを分かり合えていないことから始まるのではないか?
そこであなたは、「怒」を持たされた相手の気持ちを分かろうとしていますか?
また、その言葉に感謝し「有難い」という気持ちを感じていますか?
実は、何時も自分が中心の考えを持ち、また自分は正しいという思いを絶えず持ち続けているから、自分の心が傷つけられることが起こったのではないですか?
相手のことを考えられる、相手の事情に気が付く、そのような人間にならなくてはならないのではないですか?
それが、「視野を広く」「器を大きく」ではないでしょうか?
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