教本付

教本『大自然の法則と人間の使命』

付録 重要語句解説

印刷するときは、ブラウザの「印刷」を開いてください(パソコン=Ctrl+P/スマホ=共有・メニューの「印刷」)。送り先を「PDFに保存」にすると、この章をPDFにできます。

本欄は、本書を読み通すために必要な語句の解説である(五十音順)。解説の中の「」は原典の語そのもので、〔 〕に出典を、( )に本書で最初に出る章を示した。

因縁果(いんえんか):原因(因)と、それに加わる条件(縁)と、その結果(果)。「宇宙万有の様相は、ただ因、縁、果の繰り返し流転、輪廻に過ぎない」〔出典:諸法の原理原則 第二章 第五理〕(初出:第一章)

因果応報(いんがおうほう):「あらゆる万有、諸行は、『力』『作』の能きの『因縁』の度合いに応じて、『報果』に現れる。善因善果、悪因悪果」〔出典:諸法の原理原則 第二章 第六理〕(初出:第一章)

因縁(いんねん):「因縁とは、原因とその続縁のこと。因は、直接の原因とそれに付帯する、縁は間接的な条件」。「過去の因縁を消すことは出来ないが、償うことは出来る」〔出典:心掛け「因縁と業」/諸法の原理原則 第三章 第四理〕(初出:第一章)

会座(えざ):勉強会の場。「会座(勉強会場、修道の場)の運営の仕方、同修の仲間の助け合いいかんにかかっているのだ。和衆の学びの意義、役目は、そこにもある」「その教えを自ら体現し、多くの人に布教できる場が会座、学習の場である」〔出典:絵姿(改訂版)第四部〕(初出:第二十章)

絵姿(えすがた):「絵姿とは、ジェスチャーのこと。知らせの意味を詳しく解明するために、神佛が人の身体を借りて(いわば、乗り移り状態)、身振り、手振りで御意趣を教えられる方法だ」〔出典:實踐哲学の学び(その2)〕(初出:第一章)

恩(知恩・感恩・報恩・謝恩)(おん(ちおん・かんおん・ほうおん・しゃおん)):「恩とは、因の心。一番根元にかえること」。「知恩とは、『恩がある』ことを『恩だ』ということを知る」。「感恩とは、恩があることを知ったら、心に感じる」。報恩は、何かで報いようとする。謝恩の「謝とは、言葉を射る」で、「ありがとう」とことばを放つ。本書は恩の行為の四つ(感恩・知恩・謝恩・報恩)を「四恩」とする〔出典:実践哲学の学び(形而上学その三)/心掛け/善戒、禁戒〕(初出:第十章)

戒・律(かい・りつ):「戒は、自然法(道徳)に基づく、大自然(神佛)による規整、制約、制限、そして裁きで、戒めは大自然が行われる決まりである」。「律は、人為法(公徳)に基づく、人間が創り、人間が見守り、人間が裁き制裁するきまりである」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第六章)

我慾・自利(がよく・じり):自分の都合を中心にした慾と、自分だけの利益。菩薩行は「自利を捨て他利のみを念願とする業」とされる〔出典:諸法の原理原則 第二部〕(初出:第二章)

感恩(かんおん):恩を感じること。「感恩とは、恩があることを知ったら、心に感じる」。本書が「四恩」とする恩の行為の一つ〔出典:心掛け/善戒、禁戒〕(初出:第十章)

義・徳・善(ぎ・とく・ぜん):「義とは、『羊』と『我』の合字」で、我が身を犠牲にして公共に尽くすこと。「徳とは、法則を行う、道を行うこと」。「善とは社会公共に役に立つこと」で、「善の規準は、法、時、所、才に適うこと」〔出典:心掛け/実践/實踐哲学の学び(その1)〕(初出:第二章)

禁戒・次禁戒(きんかい・じきんかい):「一般に知られるしてはいけない禁止行為の『禁戒』」。「してはならない事をしない」「しない方が善い事をしない」「してはならない事、しない方が善い事を他に伝える」の三つで説かれる〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第二章)

均衡矯正運動(きんこうきょうせいうんどう):歪みを正す大自然の能き。「あらゆる諸行は、常に「均衡矯正運動」が持続されている」「天敵、対流、抵抗等は、この運動の現象である」。「一気呵成、一挙に物事が進まないように、神佛によって仕向けられている。これが均衡矯正作用である」〔出典:諸法の原理原則 第四章 第二理/実踐哲学の学び(その2)〕〔参照:第二章「二つの語」〕(初出:第一章)

供養(くよう):「供養とは、『供えて養う』こと」。「供養とは正しくは、『神、佛の法則を学び、神、佛の社会運営の協力をする』ことで」ある〔出典:實踐哲学の学び(その1)〕(初出:第二章)

形而上学(けいじじょうがく):「形而下学に対する言葉で、世の中の研究をすれば、物理的、化学的、数学的な現象で捉えられる形而下の分野と目に見える現象、数字などでは捉えられない精神的、心理的な形而上の分野に分かれる」。その形而上の分野を学ぶ学問。「形而上学=哲学=宗教学」〔出典:実践/諸法の原理原則 第一章〕(初出:第一章)

形而上・形而下(けいじじょう・けいじか):「形而上とは、知覚に感じ取れない世界、形而下とは目に見える、物理現象世界のこと。而上、而下とは、『これ以上』『これ以下』という意味」〔出典:諸法の原理原則 第一章〕(初出:第一章)

解・悟・覚・了(げ・ご・かく・りょう):さとりの段階・種類。本書は『諸法の原理原則』に従い四つとする(『實踐哲学の学び(その2)』は解・悟・覚の三つで説く)。「この『解、悟、覚』のさとりの段階は、順番に来るものでもない」〔出典:諸法の原理原則/實踐哲学の学び(その2)〕(初出:第十七章)

化身(けしん):「化身とは、人間の身体に宿られている神、佛である」。当来佛は「神人両格の存在(化身)」で、神格を求めれば神格で、人格を求めれば人格で、対応が変わる〔出典:實踐哲学の学び(その1)/証言録〕(初出:第二章)

化他(けた):「他人を教化すること。他人を(正教、正道に)導くこと」。「この利他のための行いを、『法の布施』『勧化』ともいう」〔出典:諸法の原理原則 第二部/實踐哲学の学び(その3)〕(初出:第十二章)

御意趣(ごいしゅ):「大自然(神佛)のご意趣は、神佛のお考え。大自然(神佛)が衆生を救おうとされる、お考え、意図、理由」〔出典:諸法の原理原則 第二部〕(初出:第一章)

業・善業累積(ごう・ぜんごうるいせき):「業とは、身と口と意の行いのこと。善悪の報いを引き起こす行いのことで、全ての報果の因、原因である」。「善業とは、善なる身、口、意の行作」で、その積み重ねを善業累積という〔出典:心掛け〕(初出:第二章)

五戒(ごかい):不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒。「2500年前、釈尊が在家の信者に対して示されたものであるが、大自然の法則であるから現代にも通用する」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第三十一章)

心掛け(こころがけ):「心掛けとは、常に、心にとどめていること、心構え、心の用意、心づもり、気を配る、覚悟」。当来佛は「どうしたら善いかは、お前たちの心掛け…」と、人間の方に預けられた〔出典:心掛け〕(初出:第一章)

五濁(ごじょく):世の乱れの五つの姿。「五濁とは、劫濁、命濁、煩悩濁、衆生濁、見濁の五つの状態である」。「五濁は、人間が人間の力を過信することから起こった」(当来佛)〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第二十九章)

ご神示(ごしんじ):神佛に可否をお尋ねする霊観応。「ご神示とは、自分が行動すること、考えることの、最終判断を神佛に委ねる」。「成り行き任せではなく、自分が考え、検討して、『それで善いか』を、最後に神佛にお尋ねをする」〔出典:ご神示〕(初出:第一章)

御遷主様(ごせんしゅさま):「『御遷主様』とは、『神格・当来佛』の事である」。「遷主とは、『遷』つまり『うつす』、『主』は『ぬし』。悪い世から善い世に遷す。そのことをされる主(ぬし)という意味」。本書では「当来佛」に統一した〔出典:証言録〕(初出:第三十三章)

済度(さいど):救い渡すこと。「『済』とは、等しくする、そろえる、渡す、救う、たすける。『度』は、法則、わたるという意味」〔出典:諸法の原理原則 第二部〕(初出:第二章)

在・力・法・教(ざい・りき・ほう・きょう):当来佛出現の意義。「神佛の実在を信じさせるため、神佛に力が有ることを教えるため、神佛は法を以って世を運営させておられることを、教えるため、法の能きには、教えがあることを教えるために、当来佛として出現された」〔出典:証言録〕(初出:第三十二章)

させられている(させられている):当来佛の三法印の一。「(すべての事象は神佛に)させられている」〔出典:實踐哲学の学び(その2)〕(初出:第一章)

さとり(さとり):「『さとり』とは、人間の考え方と大自然のお考えの『差を取る』ことなり。『差を取れ』ば、一致、合致する。そして、如意に通ずる」。「心、精神的な変化、考えの変化だけでなく、現実に善くなって、自他共に日常が改善して行くことである」〔出典:諸法の原理原則 第二部/實踐哲学の学び(その1)〕(初出:第一章)

三心力(さんしんりょく):「遠心力(分心力)…相反…中心から分離する力。求心力(集心力)…相乗…中心を求める力、向心力。吸引力(集引力)…相引…中心に集まる力。」「この三心力の適宜な能き合いによってのみ、安定は常に保たれる」。組織、団体の和合では「三芯(さんしん)運動」として説かれる〔出典:諸法の原理原則 第四章 第三理/實踐哲学の学び(その3)〕(初出:付録)

三法印(さんぼういん):当来佛の教えの根幹。「一、(すべての事象は神佛に)させられている。二、(神佛からの意図があり)知らせの解明。三、(神佛にその意味を問う)ご神示による解明、行動」〔出典:實踐哲学の学び(その2)〕(初出:第一章)

四恩(しおん):恩に応える行為の四つ。感恩・知恩・謝恩・報恩。「恩:神佛、先祖、社会、物の四つに対して、知恩、感恩、報恩、謝恩という恩の行為がある」〔出典:善戒、禁戒〕。感謝の向かう先の四つ(神佛・先祖・社会・物)は「四つの感謝」といい、原典はこの対象の四つを「四恩」とも呼ぶ(初出:第九章)

自戒(自律)・他戒(他律)(じかい(じりつ)・たかい(たりつ)):「自分の考えや心がけで制御する『自戒(自律)』と他人から、また大自然(神佛)から制御される『他戒(他律)』(新語)」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第四章)

自然調節制御作用(しぜんちょうせつせいぎょさよう):大自然が万有・諸行を調え制御する能き。「人間の努力は、『人力』+『α』=結果。『α』は、大自然の加勢、大自然の力が加わること」〔出典:諸法の原理原則 第二章〕〔参照:第二章「二つの語」〕(初出:第一章)

四知の則(しちのそく):諸法の原理・原則の一つ。「天知る、地知る、他が知る、我が知る」。「その原則で人の業の度合いに応じて適宜、適度、適応、適法の適当な賞と罰があるものである」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第二章)

実践哲学(じっせんてつがく):当来佛がこの形而上学に付けた名。「実践可能で」「実践するための」、また「実践によって深まり」「実践によって効果が上がる」哲学、だから実践哲学である〔出典:実践「はじめに」〕(初出:第二章)

四適(してき):法(法則)・時・処(所)・才(相手の才)の四つに適うこと。善悪は、「『法、時、処、才』の四事に適うか、否かなのである」。「それが『四適』の条件を備える度合の適、不適の度が、良否の度、即ち善悪の度となる」〔出典:諸法の原理原則 第五章 第一理〕(初出:第一章)

四分六分(しぶろくぶ):夫婦の在り方の教え。「夫六分、妻四分」という、互いの力関係、主張、考え、扱い、動き方、義務、責任、使命。「妻の方が主人(長)を立てて、主人を大事にする」(当来佛)〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第十四章)

藉身(しゃくしん):大自然(神佛)が人の身を藉りること。「大自然は、時として人身を藉(か)りて、身、口、意に示現をするが、決して人間そのものでも、人間の魂魄、霊ではない」〔出典:諸法の原理原則 第一章〕(初出:第六章)

住位(じゅうい):「住位とは、時、所、場面に応じて変化する『自分』の立場、位置付けである。『自分』のおかれた位置に応じて、役目、使命、責任が変わって行く」〔出典:實踐哲学の学び(その1)〕(初出:第二章)

衆中の個・連の個(しゅうちゅうのこ・れんのこ):社会(衆)の中の一人として、また先祖から子孫への連なり(連)の中の一人としての自分。「責任感、感謝の心は、自己が衆生の中の個であり、連の中の個であることを認識しなければ、生まれて来ない」〔出典:諸法の原理原則 第五章〕(初出:第二章)

宿業(しゅくごう):宿命のもとになる、前世の業。「宿業とは、宿命を生む過去の原因、因縁を作る『業』のこと。宿命のもとの業を、宿業という」。「宿業とは、過去世の業。宿命とは、過去世の業の報果の結果」〔出典:諸法の原理原則 第三章 第四理〕(初出:第八章)

宿命・運命(しゅくめい・うんめい):「宿命とは、男、女、人種、環境、能力、それぞれ違う性質など、生まれながらにして変えられない持ち前の分、使命である」。「運命とは、生後、日々、歳々変化するめぐり合わせであるが、これは各自の心によって、霊気が常に変化させておられる」〔出典:形而上学のすすめ(二)〕(初出:第一章)

修道(しゅどう):教えを修め行うこと。「正修道には、正聞、正見、正思惟して、正語、正業、正命を心掛け、正精進、正念、正定を修道しなければならない」〔出典:諸法の原理原則 第二部 第十九則〕(初出:第二章)

正教の条件(しょうきょうのじょうけん):「大自然の『示現・勅旨(霊的観応)』は、常に『現実』と『法理・教理』と不離一体にして、必ず一致する。これを『教法の三位一体』という」〔出典:諸法の原理原則 第二部 第十八則〕(初出:第一章)

証言録(しょうげんろく):「今世出世された当来佛に身近に接し、自ら神佛を体験した者の証言の記録」。故・木村藤宜師が本人から聞き書きし、本人に確認を取られた〔出典:証言録〕(初出:第三十一章)

常住(じょうじゅう):「常住とは、生滅、変化無く、過、現、未に永遠に存在すること」〔出典:諸法の原理原則 第一章 第三理〕(初出:第一章)

正法の三具(しょうぼうのさんぐ):正しい法、法則の条件。法は普遍平等・絶対確実に能き、妥当な理に成り立つ。「これを『正法の三具』と言い、正しい法、法則の条件である」〔出典:諸法の原理原則 第一章 第四理〕(初出:第一章)

諸法の原理・原則(しょほうのげんり・げんそく):当来佛が説かれた法理の骨格。「原理とは、もとから有る理、もとから有る物事のことわり、理屈である。原則とは、もとから有る手本、決まりである」。本書は『諸法の原理・原則』を典拠の最上位に置く〔出典:善戒、禁戒/諸法の原理原則〕(初出:第一章)

諸法無我(しょほうむが):「あらゆる万有、諸行は、常に大自然による『自然調節・制御作用』を受けている。それを『諸法無我』という」〔出典:諸法の原理原則 第二章 第一理〕(初出:第一章)

知らせ・合図(しらせ・あいず):「『知らせ』とは、『大自然の或る存在(神佛)』からの『合図』のことをいう」。「合図は、知らせ」で、神佛からの通知、予報、前兆、予告、前触れ〔出典:實踐哲学の学び(その2)/諸法の原理原則 第二部〕(初出:第一章)

身・口・意(しん・く・い):身(行動)・口(言葉)・意(心、考え)の三つ。業はこの三つの行いである。「身、口、意において実践しない事には、自分も善くならないし周囲も善くならない」〔出典:心掛け/善戒、禁戒〕(初出:第二章)

神佛(しんぶつ):「神佛とは、エネルギーで、同義、同一体、一体である。宇宙全体に遊在している。そして意志を持つ」。「法則を元に、各個人はじめ、動植物に至るまで、全ての事象、現象、世の中を動かしている」〔出典:ご神示〕(初出:第一章)

素直(すなお):「『素直』とは、法に対してまっすぐな心。神佛に対してまっすぐな心」。「従順。偏見を持たない。ひがみの心を持たない。逆らわない」〔出典:掘り下げ(改訂版)〕(初出:第二十四章)

善悪の基準(ぜんあくのきじゅん):「善悪とは、箇個の都合を基準としての良、否ではない。多衆の中の箇個として、衆に対し、即ち社会、公共に対しての影響の良、否が基準となる。そうしてそれが『法、時、処、才』の四事に適うか、否かなのである」〔出典:諸法の原理原則 第五章 第一理〕(初出:第二章)

善戒・次善戒(ぜんかい・じぜんかい):「善戒とは、善いことをするため、また善くなるために戒めることである」。「しなくてはならない事をする」「した方が善い事をする」「しなくてはならない、した方が善い事を他に伝える」の三つで説かれる。「次善戒とは、善戒に次ぐという意味」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第二章)

大自然(だいしぜん):神、佛、天、主、創造主などといわれる存在で、「見えない力」の根源、「法則の元」「宇宙の意志」を指す(神、佛、天など全て同義、同体、同質、一体)。本書では宗教色をなくすため「神、佛」を「大自然」とも呼ぶ〔出典:諸法の原理原則 第一章〕(初出:序章)

大自然の法則(だいしぜんのほうそく):大自然(神佛)が世を運営される決まり。「法則とは『決まり、おきて』のことで、『何時でも、何処でも、同じ条件なら成立する関係』」。「こうすれば、こうなる」という物事の成立関係である〔出典:形而上学のすすめ(一)〕(初出:序章)

当来佛(とうらいぶつ):神佛が、人の身を藉りてこの世に出現された姿。「当来佛とは、佛身の中に存在する『神佛』」で、神佛の「御魂」のことを当来佛と申し上げる。一九五四年(昭和二十九年)に教えを説き始め、二〇〇八年(平成二十年)に遷化されるまで、五十四年間、教えを説かれた〔出典:佛の方便的教え 個人編/証言録〕(初出:第一章)

悩み(なやみ):「悩みは、慾から出て、己が創り出すもの」(当来佛)。「もちろん知らせ、合図で、苦の場合と同様『必要な悩み』『不要な悩み』もある」〔出典:心掛け「悩み」〕(初出:第八章)

能き(はたらき):目に見えない部分で変化をもたらすこと。「『能(はたら)き』とは、単なる『働き』とは違い、目に見えない部分での質的、量的、位置的な変化をもたらせることをいう」。「『能き』とは、一つの状態の表現で、表面に現れたものが『力』である」〔出典:實踐哲学の学び(その2)/諸法の原理原則 第一章〕(初出:第一章)

万有・諸行(ばんゆう・しょぎょう):「万有」とは、目に見えないものも含む、宇宙間に存在する全てのもの。「諸行」とは、万物、もろもろの動き方、能き方で、目に見える現象と目に見えない能き、形而上、形而下の両面の現象のこと〔出典:諸法の原理原則 第一章〕(初出:第一章)

不邪命戒・正命(ふじゃみょうかい・しょうみょう):「『邪命』とは何か? 正命でない、正しい生活でない生き方のことを言う」。「正命とは、『分に応じて、それぞれの立場、地位、使命に応じた生活をすること』」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第二章)

分・分限(ぶん・ぶんげん):「分とは、個人の力量、才能、地位、法的な位置などである」。「分限とは、分の限界、限度、区切り」〔出典:實踐哲学の学び(その1)/心掛け〕(初出:第二章)

法縁・先祖の余慶(ほうえん・せんぞのよけい):教えに遭えること。「法縁は、『先祖の余慶』(当来佛)とも言われるが、余慶とは、善行のこと」〔出典:心掛け〕(初出:終章)

方便(ほうべん):「方便とは、ある目的のための手段、方策、方法である。仮の一時的なもので、決定的なものではない」。「方便とは、『嘘』ということではない」〔出典:実践哲学の学び(形而上学その三)〕(初出:第一章)

謗法(ほうぼう):「謗法とは、法を謗ること。つまり、教え、法則そのものや、それに関わる人や物事を悪く言う、ばかにする、けなす、教える人、学ぶ人を悪く言う、そして、助かるべき人に悪い影響をもたらし、救われる邪魔をする」〔出典:善戒、禁戒〕(初出:第三十一章)

菩薩行(ぼさつぎょう):「菩薩行とは、自利を捨て他利のみを念願とする業」。「菩薩の心を戴して、菩薩として救いを行う『行(化他の行)』である」〔出典:諸法の原理原則 第二部/實踐哲学の学び(その3)〕(初出:第二章)

菩提心(ぼだいしん):「菩提心とは、法則を学び、世を善くしようとする心」。「布施、菩提心、菩薩行は、つながっている心である」〔出典:實踐哲学の学び(その3)〕(初出:第十二章)

掘り下げ(ほりさげ):絵姿やご神示で示された御意趣を、問いを重ねて深く解き明かすこと。「どうしてこのような絵姿が出るのか?」「どうして大切と言われるのか?」「どうして、いけないと言われるのか?」にまで、掘り下げていくことが必要だとされる〔出典:絵姿/掘り下げ〕(初出:第一章)

煩悩(ぼんのう):「本能の偏向、強調は『煩悩』であり『歪』である」。「慾のことを、煩悩という。煩悩は誰でも持っているが、それを拡大して行動するから、いけない。著心(執着)するからいけない」〔出典:諸法の原理原則 第三章 第二理〕(初出:第九章)

前知らせ(まえじらせ):「自然災害等の前兆、予兆や身体の病気の前の不調などは、次に何か起こる『前知らせ』として良く知られている」〔出典:實踐哲学の学び(その2)〕(初出:第十四章)

迷い(まよい):「迷とは、まよい。判断しかねている。物事が複雑に入り混じって動く、さまよう、まぎれて判断がつかないようになる」。「迷いの本は、慾から。浅知恵、無知、考えが足りないから迷う」(当来佛)〔出典:心掛け「迷い」〕(初出:第八章)

遊在(ゆうざい):大自然の存在の仕方。「大自然の力、意志というものは、過去、現在、未来に渡り、『無限』な『立体観』に実在する。だから、存在の仕方を『遊在(新語)』と呼称する」〔出典:諸法の原理原則 第一章 第二理〕(初出:第一章)

理外の理・利外の利(りがいのことわり・りがいのり):「理外の理とは、辞書によると、『普通の道理や常識では判断のできない不思議な道理』とある」。「利外の利とは、辞書にはないが『普通の道理や常識では判断のできない不思議な利(利益)』となり、まさに、形而下の利(理)を超えた大自然の法則が能いて下さっての結果、ご利益である」〔出典:新ご神示 第五部 補足 第5章〕(初出:第七章)

了義(りょうぎ):「『了義』とは、神佛が完全に能かれた教えである」。極めつくしていない不充分な教えを「不了義の教え」という〔出典:諸法の原理原則 第二部〕(初出:第二十二章)

霊観・観応(れいかん・かんのう):神佛の意図を霊的に受け取ること。「ご神示という霊観応は、神佛と日常生活を結びつけ、神佛の意図がよく分かる通信手段である」〔出典:ご神示〕(初出:第一章)

和合(わごう):「和とは、物心両面で均衡、調整が取れた状態で、心、力、知恵などが合体した状態である」。「和合とは、和調、和適、和諧。やわらぐ、平らぐ、むつまじい」。「和合は、修道(信仰)、学びのバロメーター」(当来佛)〔出典:實踐哲学の学び(その1)/心掛け〕(初出:第十一章)

『大自然の法則と人間の使命』正本v127の「付録:重要語句解説」を、本文の文字を変えずに掲載しています。精査前の暫定版です。金枠=原典(出典付き)/灰枠=〔編者注〕。図は正本の図をそのまま載せています。
この章をLINEで送る教本の一覧へ