教本『大自然の法則と人間の使命』
第十二章 人間完成への道
凡例:金枠=原典(暗記対象・出典付き。主に『諸法の原理原則』に依る)/灰枠=〔編者注〕・譬え・具体例(原典の言葉ではない)/〔出典:…〕=地の文中の典拠。教義は不変、原典は実在テキストからの引用のみ。
人生の目的は「人間完成」
「人生の目的は、人間完成だ」と、神佛は説かれた。人間完成とは、それぞれの個性(各自の性質・性格・品性)を、より善く世の役に立てるように、自ら仕立てることである。「仕立てる」とは、工夫してこしらえ、作り上げること。これは人格形成とは違い、存在意義を一歩進めた考えで、世の役に立って死ぬことが、天寿を全うすることである〔出典:実踐哲学の学び(その1)/形而上学のすすめ(二)(三)〕。
典拠全体で一貫して、人格形成=前段/人間完成=その先の到達、という二段の関係で語られている。そして「一人の個性が、存在価値を決めるのであって、必ずしも個人の能力ではない。各人の能力は、大自然の神、佛の前には小さなもので、比較にはならない」と説かれる。大切なのは、能力ではなく個性である。
個性と「欠点の善用」
個性には長短があり、それぞれの欠点・短所は、反面、特徴でもある。長所は伸ばし、欠点・短所・不備な性質は上手く善用する。「欠点を、どのように世の役に立てるか」──ここに人間完成がある〔出典:実踐哲学の学び(その1)/形而上学のすすめ(二)/心掛け〕。これは「与り物の善用」でもある。身体は父母・先祖からの与り物で、返却は不可能だから、使い切る・性質能力を出し切る。それが人間完成である〔出典:形而上学のすすめ(二)〕。
百人百様・燃焼し切る
「世の役に立つために生まれた」「各自が個々の性質(個性)を生かして世の役に立っていく」と当来佛は教えられた。百人いれば百人の、千人いれば千人の生き方・役に立ち方がある。それを画一的にせず、それぞれが個性を百パーセント発揮して生の役目を終える──燃焼し切ることが大切で、それは「差取り(さとり)」により可能である〔出典:掘り下げ(改訂版)〕。
善業の累積
人間完成の道が「善業の累積」である。善業とは、善なる身・口・意の行作──善い行動・発言・心である。ただし「善業の花を咲かせるのは難しい」(当来佛)。根があって芽が出て、花が咲くように、善根──善い報いを受ける善い原因の“根”──が要る。「善根を積むためには、菩提心が必要」(当来佛)。菩提心とは「法則を知って、利他、化他をする、他や社会を善くしようとする心」である。そして「善業の積み重ねが徳を生む」〔出典:心掛け/形而上学のすすめ(二)〕。
なぜ「累積」なのか。因果応報(善因善果・悪因悪果)が能くからである。しかも悪業を為すのは実に簡単で、人は知らず識らずのうちにも為す。「百善は一悪に如(し)かず」──百の善も一つの悪に及ばない。「ガソリンに少しでも水が入れば車は走らない」ように、一度の悪で帳消しになりうる。だから常に善を心掛けないと、善業の累積は難しい〔出典:実踐哲学の学び(その3)/実践/心掛け〕。ある人が「私はどんな悪いことをしたのでしょう」と問うと、当来佛は「悪いことはしとらんかも知れんが、善いこともしとらんよの?」と応えられた。善は、努めて行わなければ徳にならない。
注意すべきは、罪障は「消滅」ではなく「償滅」であること。「覆水盆に返らず」──一度行った罪障は消えない。だから別の善(善行)で償う〔出典:心掛け/実践〕。何が善業かは、供養(子孫による追善)・菩薩行(最高の善業)・化他(他に伝え教える)・布施(法則に適えば功徳が帰る)・陰徳(人知れず行う。「陰徳は陽徳にまされり」「陰徳は孫に出る」)などがある〔出典:実踐哲学の学び(その3)/善戒、禁戒/心掛け〕。
なお、原典は「罪障消滅、善業累積、善根の方途」の三つを、絵姿によって教えていただける「学びの本質」として挙げている〔出典:掘り下げ(改訂版)〕。このうち「罪障消滅」は、原典みずから、犯した罪障は消すことができないので「罪障償滅」という、と言い直している(前段)〔出典:心掛け〕。
【原典】第三章 第四理 万有、万物に宿命と運命がある 『諸法の原理原則』
── 全文は 第八章「宿命 ── 生まれた時に持つ「命」」 の項に既出(諸法の原理原則 54頁)
善業の累積が意味を持つのは、この宿命・運命の構造ゆえである。運命は未来の宿命を決める因縁だから、いま善業を積むことが、未来を変える。
使命と人間完成は、どう関わるのか。与えられる使命と、自ら仕立てる人間完成、その行き着く所と歩み方を、図27に示す。
図27の読み方
図27は二本の柱で読む。一本目は「使命 ── 天から与えられている」で、「『分』とは、その存在について、大自然より分け与えられた天賦の使命であり、その使命があるから存在価値がある」、「使命とは、『使い』として『命』ぜられた用向き。天の使いとしての役目、自分に課せられた任務、天職」。二本目は「人間完成 ── 自ら仕立てる」で、「人間完成とは、それぞれの個性(各自の性質、性格、品性)を、より善く世の役に立てるように、自ら仕立てること」。人生の目的はここに置かれる ──「人生の目的は、人間完成だ」。与えられた分を出し切り、世の役に立って、天寿を全うする〔出典:諸法の原理原則 第三章 第三理・第四理/実踐哲学の学び(その1)〕。
