章33

教本『大自然の法則と人間の使命』

第三十三章 信者たちの証言

印刷するときは、ブラウザの「印刷」を開いてください(パソコン=Ctrl+P/スマホ=共有・メニューの「印刷」)。送り先を「PDFに保存」にすると、この章をPDFにできます。

凡例:本章の各証言は原典『証言録』からの引用(要約整形)。証言者のお名前・地名、および証言中の「」内の当来佛のお言葉は原典どおり〔出典:証言録〕。原典の「御遷主様」は、本書では「当来佛」に統一した。教義は不変、原典は実在テキストからの引用のみ。

以下の「体験集」は、今世出世された当来佛に身近に接し、自ら神佛を体験した者の証言の記録である。故・木村藤宜師(山口市)が体験者の本人から直接聞き書きし、再び本人に確認を取られた〔出典:証言録「証言録」〕。

初めは神様とは解らず、また神様の実体さえ知らない時代の記録で、初期の方便的なご指導は否めない。しかし、数々の失敗体験は、神佛の実体、神佛の存在を確信するため、後の世の者にとってこの上ない参考材料である。

証言1:「十人救え」(松田寿昭 萩市佐々並)

当来佛をまだ「先生」と申し上げていた頃のことである。長男は、生まれつき足が内股で、小指の方を使って歩くという不自由な体の子供だった。

当来佛に「宇部医大(山口大学医学部・附属病院)に連れて行くように」と言われた。地元の医者は勿論、山口市の病院と、五年間もあれこれしたが、一向に良くならず、諦めていた。宇部医大で検査の結果、アキレス腱が短い事がわかり、入院三ヵ月、ギブスの靴を二ヵ年履いている内に、普通の子供と同じように治ってしまった。

よく「医者は、わしが使っている」と言われたが、本当にその通りで、「やはり、それには為すべき事をしなければ神佛は能かれないのだなと思い悟りました」と証言者は語る。

主人が絵姿を解くと、よく「誰と誰を救え」と教えられた。主人は一生懸命になって菩薩行に出掛けたが、誰一人として導けなかった。ある日当来佛に「今日で十人にお話を致しましたが、誰も救わせて頂けません」と申し上げると、当来佛は「イヤ、一人救われているのだ」と、にこにことお笑いになった。救われたのは一体誰であろうかと思い出していると、「そこにおるあんただ!」と言われた。

一瞬、ハッとして、主人と私はうれしくて熱い涙がこみあげて参りました。(妻 代志津・語)

証言2:「田を飲む」(深野澄子 山口市)

当時、生まれた子供が育たず、長男、次男、長女、三男と次々夭折して、四男武彦(当時二歳)が一人となっていた。

当来佛は「あんたの所は、神様を馬鹿にしている。先祖も粗末になっている。その証拠にお墓に行って見るがよい。五輪塔の墓がばらばらになっており、四つの墓が傾いているぞ」と言われた。明くる朝早く墓地に行って見ると、その通りになっているのに驚いた。家祓いをして祠やお札を整理して頂き、「神様を馬鹿にしている」と言われた意味も良く分かるようになった。

耕地面積が八反もあり、女手一つではなかなか大変だったが、全部ご神示で行うので、力を添えて頂き、人の倍位いの仕事が出来た。ある年、農協の指導員が「加里は、半反で五キロ以上はやらぬよう」指導したが、ご神示を取ると「半反に八キロやれ」とのことでそうすると、その秋の台風で附近の田の稲は全部倒されてしまい、私の田だけは豊かに穂を垂れて立っていた。収穫も今まで反六~七俵のところが、九~十俵穫れるようになった。

ただし証言者は、「私がいくら教えを話しても、不思議に聞こうとはしないのです」とも語っている。題の「田を飲む」とは、「子孫が財産を売って、口に入れる」という、この人への戒めのご説法であった〔出典:証言録「田を飲む」編集後記〕。

証言3:「拝めば助かる」(刀祢 沍 萩市大島)

兄の漁船を他人に貸し、その船の責任者として乗る事になったが、最初の出漁は長崎方面で、実は密漁だった。当来佛に「よろしくお願い致します」と申し上げると、「わしに、盗人の守りをせいと言うのか、そんな事が出来るか、真っ先につかまるぞ!」と断言された。

「使用人でもあるし、どうにかなりませんか?」と食い下がると、「しようのない奴だ、よし、それでは拝む事を忘れた時に捕まることにしよう。然し、一旦捕まるが、その時は知人がいて、許してもらえる事になろう」と言われた。

度々危ない目に遭ったが、その都度、「拝んだから、大丈夫だ」と自分自身に言い聞かせて不正操業をしていた。最後の日、しかも日曜日で、魚も充分獲れたので心がゆるみ、つい拝む事を忘れてしまった。すると巡視船が姿を現し、囚われた。その巡視船は巡視が目的ではなく、日曜日の為、長崎港に入って休暇を取る為の途中だった。司法主任は証言者と同じ土地に縁のある人で、軽い説諭で解放された。

「私は、神様は決して悪い者や不法者には味方をされない事を悟りました。そして私は、それを最後に漁師を辞めました」と証言者は語る。

〔編者注〕 原典『証言録』では、この証言は四番目に置かれている(三番目は岡村梅代「神佛混淆の諭」)。本書では三つを選んで掲げた。

証言の位置づけ

証言の記録は、初歩的苦集滅道のための、特に「在」「力」の基礎部分ということが出来る。多くの体験は「苦」からの脱出が主体で、学問の領域には至ってはいない〔出典:証言録「在、力、法、教」〕。

今では、「病気を治そうと思って信仰しては、絶対に治らない」「学問だ。さとれ」「主人は、アンタのさとりで動く」「過去の因縁を知るのは、自分の因縁を知る目的だ」など、説法も理解の内容も大きく変化している。

証言の中の当来佛のお言葉は、次章で見る「体験から学ぶ法則」の入り口である。証言1の家では、その後、弟が鉄道事故に遭い、当来佛は「人間の体はアメ細工だ」と言われた(第三十四章の九)。

三つの証言を、当来佛のお言葉と証言者自身のさとりで読めるように並べたのが図65である。

図65の読み方

 図65は、三つの証言を横に並べ、上から「出来事」「当来佛のお言葉」「証言者のさとり」の順に読む。証言1は「医者は、わしが使っている」と「為すべき事をしなければ神佛は能かれない」、証言2は「神様を馬鹿にしている。先祖も粗末になっている」と「田を飲む」の戒め、証言3は「わしに、盗人の守りをせいと言うのか」と「神様は決して悪い者や不法者には味方をされない」。いちばん下は証言の位置づけで、証言は「在」「力」の基礎部分であり、今では「学問だ。さとれ」と説法も理解の内容も大きく変化している。

図65 証言録 ── 三つの証言と、証言者のさとり(第三十三章)
図65 証言録 ── 三つの証言と、証言者のさとり(第三十三章)(押すと画面いっぱいに拡大・もう一度押すと戻ります)
『大自然の法則と人間の使命』正本v127の「第三十三章」を、本文の文字を変えずに掲載しています。精査前の暫定版です。金枠=原典(出典付き)/灰枠=〔編者注〕。図は正本の図をそのまま載せています。
この章をLINEで送る教本の一覧へ