章7

実践書

第七章 法則を日々に守る ── 二つの入り口と戒

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』第七章「法則を日々に守る ── 二つの入り口と戒」(図17・図18)

法則を日々に守るには、見えない次元からのひらめき(霊観)を受ける二つの入り口(ご神示・絵姿)、集団・社会で心地よく生きる心掛け(処世の術)、そして、法則を身・口・意で守ることである戒、の三つがある。第七章は、第一部の締めくくりとして、この三つを原典と説法で確かめ、第二部以降の実践への入口にする章である。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節034 霊観への二つの入り口 ── ご神示と絵姿

教本の対応: 第七章「霊観への二つの入り口」

【原典】「人間の問いに対し、神佛から示される「ご指示」である。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』「ご神示とは」

【原典】「自分の考えや行動、発言する内容などの「可否」「善悪」の判断を神、佛にお尋ねし、最善の方途を教示して頂く。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』「ご神示の方法」

【原典】「絵姿は、神佛からのご神示で、人間の問いに対する返答、ご指示である。」

── 『絵姿改訂版』「絵姿はご神示」

【原典】「絵姿を頂く目的は、さとるためである。」

── 『絵姿改訂版』第一部「絵姿の目的」

【説法 2026/7/15「大自然」は実在する】その心を持つことにより、「ご神示」「絵姿」の教えを正しく受け止めることが出来、「大自然」の「ご意趣」を掴むことが出来ていくのではないでしょうか?

【言及】● 「ご神示」「絵姿」は原典の語。説法は、信(存在やその教え、ご指示を信じ、遵い、お任せする)を持つことで、ご神示・絵姿の教えを正しく受け止め、大自然のご意趣を掴むことができる、と言う。

【説法 2026/9/25「あなたは、実践しますか?」】迷わず、大自然に信を向けることにより、霊(観能)を正しく、多く受けさせて頂き、観応(ご神示)を頂け、実行していく、すると必ず変化(身体、仕事、人間関係)が有り、さらにそれの結果を修正して、次に実行する。

【言及】● 「観能」「観応」「ご神示」は原典の語。説法は、迷わず大自然に信を向けることで、霊(観能)を正しく多く受け、観応(ご神示)を頂き、実行していく、と言う。

【教本の事例】病: 重い病に襲われたとき(現象)、ご神示・絵姿で「先祖のルーツを知れ」「長男としての使命を果たせ」という意図を受け、自己の住位と分限・感謝と報恩の法理と突き合わせ、「宇宙の則に逆らって自分勝手に生きてきた」と気づいて生き方を変えると、病という知らせが薄らいでいった。

(教本の編者の事例。原典の文ではない)

【配慮】この例は、教本の編者の事例で、病気を、先祖や生き方の落ち度の結果とし、生き方を変えれば薄らぐ、と読む形になっている。診断や見通しとして受け取らない。診察・治療・休養を先にし、病気を、本人を責める材料にしない(第六章を参照)。

【教本の事例】貧: 困窮(現象)に「長幼の序」「謙虚」の意図を受け、「豊かさは、礼節を知り、身に着けるから生まれる」という法理に照らして、「恐れるばかりで責任を忘れていた」と気づき、貢献に転じると状況が好転した。

(教本の編者の事例。原典の文ではない)

【配慮】この例は、教本の編者の事例である。困窮を、本人の落ち度とのみ読まない。公的な相談・制度の利用など、形而下の手当てを先にする。

【教本の事例】争: 衝突(現象)に「己の心を鏡とせよ」「他者は我が身なり」の意図を受け、「争いは、その関係に自己の心が映ったもの(合わせ鏡)」という法理に照らして、「相手の嫌な所は、許せていない自分自身だった」と気づいて省みると、争いが調和に変わった。

(教本の編者の事例。原典の文ではない)

【配慮】この例は、教本の編者の事例である。争いを、すべて自分のせいと読まない。危害・不当な扱いがある場合は、距離を置く・相談する、形而下の手当てを先にする。
【気を配る】問題が起きた時、自分勝手に悩んで堂々巡りをせず、ご神示・絵姿に問う。ご神示は事前に尋ねる。ご指示は、法理(教え)と現実に照らして確かめる。
【実践】今日迷ったことを一つ、事前に問う形(可否・善悪)で書き出す。ご神示・絵姿の機会に、その問いを持っていく。体調が重い日は、無理に問わず、休む。

【私の体験】

手がかりの問い: ご神示・絵姿で問うて、法理・現実と一致した(または、しなかった)経験を一つ書く。

日付:   出来事:

節035 処世の術 ── 集団・社会で心地よく生きる六つの心掛け

教本の対応: 第七章「第一部のまとめ ── 暗記の土台」・図17「処世の術」

【原典】「集団、社会で多くの人が互いに心地よく生活をするために、当来佛は、次の心掛けを教えられた。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」

【原典】「弱肉強食、下克上は社会の秩序を乱す。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」一 長幼の序を守る

【原典】「年長者を大切に思い、幼少者をいたわる。序列を考えて行動するなどだ。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」一 長幼の序を守る

【原典】「廉とは潔いこと、慾が無いこと、平は平等なこと。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」二 廉平謙虚を心掛ける

【原典】「そしてへりくだり自分は控えめで、他人に譲る。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」二 廉平謙虚を心掛ける

【原典】「人間同士の繋がりは、信頼と義務。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」三 信義を守る

【原典】「信じ、信じられ、信じられていることに応えようとする。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」三 信義を守る

【原典】「個人の事と公の事を混同しない。」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」六 公私の別と社会奉仕に努める

【原典】「「公に寄りかからず、自立し、各自が助け合う。むしろ公のために尽くす」」

── 『形而上学のすすめ(二)』「処世の術」六 公私の別と社会奉仕に努める

【説法 2025/12/8「生きる」意味とは】「公私混同しない」とは、正論で正しいようであるが、これが人間の知恵(形而下)で、間違いである。

【言及】◆ 原典の「処世の術」六は、「個人の事と公の事を混同しない」(公私の別)を心掛けとする。説法は、「公私混同しない」とは正論のようだが人間の知恵(形而下)で間違いである、と言う(2026/2/9も「公私は関係ない」と考えるが、そうではない、と言う)。同じ「公私」の語で、向きが違うように読める。事実の並置のみ。どちらの意味で使うかは、文脈(家族・仕事)で確かめる。

【説法 2026/1/13「大きな心を持つ?」】だから常に、自分から注意し、謙虚で従順、融和、同調の姿勢が大切である。

【言及】○ 原典「廉平謙虚」「へりくだり」と近い(「謙虚」の語が一致)。説法は、自分から注意し、謙虚で従順、融和、同調の姿勢が大切だ、と言う(「長幼」「処世」の語は説法337本に0件、「廉平謙虚」「謙虚」は2本、「信義」は1本)。

【気を配る】六つ(長幼の序・廉平謙虚・信義・親疎の別・衛生の弁・公私の別と社会奉仕)のうち、今日の自分に足りないものはどれか。声の大きい者・力の強い者がまかり通る関係になっていないか。
【実践】六つのうち一つだけ選び、今日、行いで示す(例: 約束の時間を守る。年長者・年少者への言葉遣いを整える)。夜、できたかを一行書く。

【私の体験】

手がかりの問い: 六つのうち、できた日と、できなかった日を、それぞれ一つ書く。できなかった日の、相手と場面は。

日付:   出来事:

節036 戒 ── 法則を、身・口・意で守る

教本の対応: 第七章「戒 ── 法則を身・口・意で守る」

【原典】「「原理、原則に照らし合せてみて、『人間は、かくあるべき…』ということが分かると、戒(善戒、禁戒)や道徳(真の道徳)が生まれて来る」」

── 『諸法の原理原則』あとがき 145頁

【原典】「法が在るからその効果を示す「戒」が出来、戒を実施するからわれわれは守られるのだ。」

── 『善戒、禁戒』前章「戒とは」

【原典】「戒と法は裏表の関係で、法則と同様に、戒によって守られて生活が出来るということを知らなくてはならない。」

── 『善戒、禁戒』前章「戒とは」

【原典】「これから示す「戒」は在家の一般人が守るべき日常生活の中での決まり事である。」

── 『善戒、禁戒』前章「在家の戒」

【原典】「身、口、意において実践しない事には、自分も善くならないし周囲も善くならない。」

── 『善戒、禁戒』前章「形而上学の戒」

【原典】「無論、大自然(神佛)も能いては下さらないので、善くならない。」

── 『善戒、禁戒』前章「形而上学の戒」

【原典】「「日常が戒や律の訓練である」」

── 『善戒、禁戒』前章「戒は御守護」(当来佛)

【原典】「「戒が多すぎると、小乗になる」と仰せだ。」

── 『善戒、禁戒』前章「戒の偏向」

【説法 2026/9/5「人間が本来の心を取り戻すには?」】「法則に照らし合わせ」した時、法則からズレル(悪)なら、必ず「戒」が施行される(知らせ)。

【言及】● 「戒」は原典の語(説法337本中27本)。説法は、法則に照らして、法則からズレるなら必ず「戒」が施行される(知らせ)、と言う。「身、口、意」の語は、説法に0件。

【説法 2026/7/9「どうしても自我が出るのは、何故?」】つまり「しなければならない」「した方が善い」こと(善戒)があるという事です。

【言及】● 「善戒」は原典の語(説法337本中2本)。説法は、「しなければならない」「した方が善い」こと(善戒)がある、と言う。「禁戒」「受戒」「守戒」は説法に0件。

【気を配る】戒は縛りではなく、守りである。決まりを増やすことではなく、法則を、自分の身(行い)・口(言葉)・意(思い)に引き受けること。戒が多すぎると小乗になる。
【実践】今日、身・口・意のそれぞれで、「しなくてはならないこと(善戒)」を一つずつ決める(例: 身=礼拝、口=ありがとうを言う、意=人を責める思いが出たら止める)。完璧を求めず、一つでも守れたら良しとする。

【私の体験】

手がかりの問い: 身・口・意のどこで守れたか、どこが守れなかったか。守れなかった時、知らせ(合図)は来たか。

日付:   出来事:

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/迷ったこと(事前に問う形)/ご神示・絵姿で出たこと/法理・現実との一致/処世の術・戒で実行したこと(身・口・意)/「私はこのように学びました」の一文。

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