章22

実践書

第二十二章 さとりとは「差を取る」こと

教本の対応: 教本『大自然の法則と人間の使命』第二十二章「さとりとは『差を取る』こと」(図49・図50)

さとりは、一定の境地の名ではない。神佛のお考えと自分の考えの「差」を、その時々に取っていく行いである。本章は、さとりとは何か、日々のルーチン(三法印)、さとりの深まり(解・悟・覚・了)を原典と説法で確かめ、その体験を書き残すための章である。第二十三章(掘り下げの実践)へつながる。

凡例: 【原典】=原文のまま・出典つき/【説法】=説法の日付と題つき/【言及】=説法と原典の関係(● 語が一致 ○ 内容が近い ◇ 説法のみの言い方 ◆ 使い方が違う)/【実践】=日々の気配りと実践(案)/【私の体験】=書き手が書く

節090 さとりとは「差を取る」こと

教本の対応: 第二十二章「さとりとは『差を取る』こと」・図49

【原典】「「さとり」とは、人間の考え方と大自然のお考えの「差を取る」ことなり。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第五則<さとり>114頁

【原典】「「差を取れ」ば、一致、合致する。そして、如意に通ずる。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第五則<さとり>114頁

【原典】「さとりは、迷いがなくなったから、「もうさとった」とか「あの人は悟りの境地だ」というものではない。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第三部「さとり」第一章「さとりの意味」「さとりは差取り」

【原典】「相手、対象が有ってのさとりで、その相手は神佛である。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第三部「さとり」第一章「さとりの意味」「さとりは差取り」

【原典】「そして、さとったかどうかは、事態が改善したか? 現状が打開されたか?に現れる。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第三部「さとり」第一章「さとりの意味」「さとりは差取り」

【原典】「差とり:知り、受け入れ、気づき、認めるのであり、自省、反省して、考え直し、修正、方向転換し、学び実行し、能率増進する、しあわせる、その繰り返しである。」

── 『絵姿改訂版』第一部「絵姿は占いではない」の注

【説法 2025/11/8「先に相手のことを考える」】*「さとり」とは、原因追及で切り替え、修正し、同じことを繰り返さないためでもある。

【言及】○ 原典「差とり」の道筋(考え直し・修正・方向転換・学び実行)と近い。「同じことを繰り返さない」という言い方は、原典に0件(説法のみ)。

【気を配る】「さとった」「分かった」で終えていないか。さとりは相手(神佛)あってのもので、事態が改善したかに現れる。
【実践】今日の知らせについて、「自分の考え」と「神佛のお考え」の差を一行で書く。その差を縮める行いを一つ決めて行う。

【私の体験】

手がかりの問い: 最近の出来事で、自分の考えと神佛のお考えの「差」は何だったか。差を取る行いをして、事態はどう動いたか。

日付:   出来事:

節091 さとりの奥行き ── 点から線・面・量・深・体へ

教本の対応: 第二十二章「さとりの奥行き」・図49 四段目

【原典】「さとりの奥行きは、1つの点の時に、よく掘り下げていって、それが「線」や「面」になり、「量」になり、「深」さとなり、「体」となる。」

── 『諸法の原理原則』第2部 第五則<さとり>114頁

【原典】「小さなさとりの積み重ねが、大きくさとる前段階でもある。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第三部「さとり」第一章「さとりの意味」「さとりは差取り」

【原典】「さとりとは、修行の上の崇高な成果ではない。」

── 『形而上学のすすめ㈡』「さとり」

【説法 2026/9/23教えてはもらえるが、やるのは自分!】絵姿で教えて頂いても表面的なさとり、理解では、実行はおろか、気付きもしない。

【言及】● 「表面的」と「深さ」の対比は、原典「さとりの奥行き(点→線→面→量→深→体)」と同じ向き。「表面的なさとり」という言い方は、原典に見つからない(○)。

【気を配る】一つの点(出来事)を、そこで止めていないか。線・面・量・深さ・体へ掘り下げているか。
【実践】一つの出来事を一週間、毎日一行ずつ掘り下げて書き足す(第二十三章の掘り下げの実践につなぐ)。

【私の体験】

手がかりの問い: 一つの出来事を掘り下げ続けて、見え方は点から、どこまで深まったか。

日付:   出来事:

節092 三法印ルーチン ── させられている・知らせの解明・ご神示による行動

教本の対応: 第二十二章「三法印ルーチン」

【原典】「一、(すべての事象は神佛に)させられている。二、(神佛からの意図があり)知らせの解明。三、(神佛にその意味を問う)ご神示による解明、行動。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』「さとりの検証」・当来佛の三法印

【説法 2026/1/4「六感を能かせる?」】それには「ご神示(解、悟、覚)」がなくては出来ない。

【言及】◆ 原典(『實踐哲学の学び(その2)』)は「解、悟、覚」をさとりの段階とし、ご神示とは別に述べる。説法はこの一文で「ご神示(解、悟、覚)」と並べる。「ご神示(解、悟、覚)」の形は原典に0件。

【気を配る】三つのうち、どこが抜けているか。①させられていると受けたか ②知らせの意味を解いたか ③ご神示で行動したか。
【実践】一日の終わりに、①②③を一行ずつ書く(第十七章の実践と同じ)。抜けた一つを、翌日の最初に行う。

【私の体験】

手がかりの問い: 今日の①②③は、それぞれ何だったか。どこが抜けたか。

日付:   出来事:

節093 さとりの四つ ── 解・悟・覚・了

教本の対応: 第二十二章「さとりの四つ ── 解・悟・覚・了」・図50

【原典】「空は、「覚り」の「前駆」で「同時」である。(解、悟、覚、了)」

── 『諸法の原理原則』第2章 第一理「空とさとり」25頁

【原典】「「了得」言葉、文言を知り、覚えるのではなく、その事柄の内容、実体を掴んで、現実に身をもって実践し、体得して、実体・実相を了得することである。」

── 『諸法の原理原則』第2部 124頁付近

【原典】「正思惟によって、「正解」「正悟」「正了解」がなされる。」

── 『諸法の原理原則』第2部 136頁付近「正思惟」

【原典】「「さとり」としたのは、さとりには「解、悟、覚」と段階があるからである。」

── 『實踐哲学の学び(その2)』第三部「さとりの段階」

【説法 2026/6/24「法則が身に付いていますか?」】「今の勉強の状況は、さとりなどとは程遠い状況だ」(当来佛)

【言及】◇ 説法が当来佛の言葉として引くこの文は、原典25本に見つからない(「程遠い」は『佛の方便的教え 個人編』に別の文脈で1件)。同じ説法は、「法則が身に付いていますか?」と身に付いたかを問う。

【気を配る】「了得」は、言葉を覚えることではない。内容・実体を掴んで、身をもって実践し、体得すること。
【実践】覚えた言葉(用語)を、一つ、今日の行いに移す。「分かった」と感じたら、「実践したか」を問う。

【私の体験】

手がかりの問い: 言葉として覚えたが、まだ身をもって実践していないことは何か。今日、一つ実践して、どうだったか。

日付:   出来事:

体験の書き方

体験の書き方(一件ごと): 日付/出来事/自分の考えと神佛のお考えの差/差を取る行い/事態の変化(改善したか)/さとりの深まり(解・悟・覚・了のどこか)。

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