2026年10月13日(火) 知らせ・さとり
「学びたい心が、ありますか?」
「学びたい心が、ありますか?」
「大自然の法則」を学んでいる人、これから学びたいと思う人たちへ。
私たちが、何十年か、今まで生きて来た人生での一つ一つの行いの全てが、今直ぐなのか?それとも、後なのか?それは何時の日かは分からないが、必ず何かの結果として、善か?悪か?幸か?不幸か?の出来事として、起こって来ることを知っているでしょうか?
何時の行動や考えが、今の結果を生んだのか?理解しているでしょうか?
「この時の、これだ!」と、因果関係は、分かりましたか?
実際に、検証し、確かめることができるものです。
また、今後、自分の行動でそのような善悪の結果が必ず在ること、起こる未来について、「責任が生じるから…」と考えて生きて来たでしょうか?
そうなのです、実はこの世で自分が話す言葉(サイコロボール)、顔の表情、目つき、態度、行い(物に当たる、愚直、悪口等)など、やる事、今からする事、全てに結果の「責任」を持たされているのです。
今から何が起こるのか?それを知ることは難しい、予測出来ないからこそ、日々、誰もが大自然からの「知らせ(合図)」を、ある人は病気として、またある人は経済の苦として、形や状況は違うけど、誰にでも「平等」に頂いているのではないでしょうか?
しかし、「平等」と言っても、同じ事や同じ物が起こるのではない。
それは、法の「能き(観能)」が皆に平等なので、程度や現象での平等ではない。
ただし、この違いは、法則を学ばなくては、気が付かない。
また、大自然に心を向けていなければ「知らせだ」「これをしなくてはならない」と、危険回避の方法、予防策など思わせて頂けない、それも全て、自分の学び方次第なのではないでしょうか?
いま世界中で、大きな自然災害が起きている。特に、火災、水害である。
フランス、アメリカ、中国、東南アジア、中東、それに日本各地での水没、これらが「知らせ」「警告」でなくて何であろうか?
何かを感じ動く、対策をするのも各自の事、各自の信じる度合い。
その「信」により、大自然は次の手段、方策、役目、役割を教えられる。
大自然の教えを聞く心があるのか?今までのようにそれとも我欲を通すのか?その選択をするのは、われわれに任せておられるのです。
大自然は言う、「大自然の法則」を学んでいくには、大自然の存在を信じ、自分から求め、教えを頂き、教えを信じて実践をさせて頂く、それをするか?しないか?いうなれば簡単なことである。
それによって、大自然の霊(観能)の観応も変わってくる。