9月木曜日10
2026年9月10日(木) 法理・原則
「喜びの場所」は、ありますか?
「喜びの場所」は、ありますか?
今、自分が「ここに居る」という不思議、「存在(生)」しているという当たり前ではない「奇跡」に気付く。
そして私たち誰もが、そのことが有難いことだと「心に喜び」を持たなくてはならないのではないでしょうか?
なぜなら、人は突然、空から降って湧いたような存在ではない。
何億年という古くから続く先祖と現在の親兄弟、自分から繋がる子孫という時間経過の「縦の線」がある。
そして親族、地域社会、職場、国などの空間的な広がりを持つ「横の線」との交差点で生かされてきている。
これが「自己の住位」という言葉で、大自然は教えられている。
要するに、縦の線の中の「連の中の個」と自分を取り巻いている「集」の中で助けられ、相互依存(互いが自立し、協力して力を合わせてる)して生きるのが自分という個なのである。(「集の中の個」)
その個である自分は、家族、親族、地域の中で、多数の人の心に触れながら学び、成長して、自然に心から出る感謝、報恩を表す気持ち、行いが表れるように心を養っていかされのではないでしょうか?
だから、自分の始まりは何処か?何が始まりか?それは言うまでもなく家族で親、兄弟、子孫の繋がりで間違いはない。
それらが、自分が今生かされている繋がりの元で、最も大切にしなくてはならない存在であり、関係であり、これからの繫がりでもある。
これらの事実が忘れられている。
そのことを今、克明に説かれているのが「当来佛(大自然)」で、再出現の奇跡を頂いているのである。
さて、「自己の存在」への感謝の心を持たせて頂くため、さらに深く知るために「大自然の法則」の学びがあり、「魂磨き」を一つ一つ(ご神示)しながら教えを学んでいき、「生き方」を教わっているのではないでしょうか?
大自然は言う、人は心の底から「喜」を感じることが出来たなら、自分の「喜び」は、どこにあるのか?を知ることになる。
だから、「この場所にいたい」「この場所を大切にしたい」「この場所を守りたい」と思い、またそのために、頑張っていけるのではないでしょうか?
今、このことに気付かないために、心に満足が無い、心が不安定で、温かさも湧いてこない人が多いのではないか?
そのためにTV番組であふれるのが「食(食レポ)」「スイーツ(大会)」「薬物(ドリンク)」等、それをマスコミ宣伝で煽り、慾望に走らせる。
やがて体を壊す、仕方なしに医療(病院)に走る、そして多量の薬に頼る。
この悪循環をさせられているのではないか?
「根本問題は、心に満足が無い事だ。心に満足が生まれると、人間は粗食にでも耐えられる。江戸時代はそうだった」(当来佛)