教本『大自然の法則と人間の使命』
終章 二万年の教えを生きる
凡例:金枠=原典(暗記対象・出典付き。主に『掘り下げ(改訂版)』に依る)/灰枠=〔編者注〕・譬え・具体例(原典の言葉ではない)/〔出典:…〕=地の文中の典拠。教義は不変、原典は実在テキストからの引用のみ。
この教えは緒(ちょ)に就いたばかり
当来佛は、この教えがまだ始まったばかりであることを、次のように残された。
【原典】二万年続く教え 『掘り下げ(改訂版)』
「この行も、「2万年続く」教えのために、緒(ちょ)に就(つ)いたばかりである。先は長い」(当来佛)
「次の出現は二万年後」(当来佛)〔実踐哲学の学び(その1)〕
── 出典:掘り下げ(改訂版)/実踐哲学の学び(その1)
当来佛は約五十年間、教えを説かれ、「次の出現は二万年後」と予言され、平成二十年一月九日、遷化された〔出典:実踐哲学の学び(その1)〕。
その当来佛にはもう遭えない。それでも、その当来佛が説かれた教えにはあうことはできる〔出典:実践〕。二万年続く教えの、最初の一歩に私たちは立っている。
実践哲学の本質
この形而上学は、従来の哲学のように学者同士の机上の空論では全く役に立たない。当来佛は、この形而上学を「実践哲学」と命名され、実際に実行し生活に役に立つ、すると生活が改善され、生き甲斐を持てる学問ということを強調された〔出典:実践「はじめに」〕。
「実践可能で」「実践するための」、また「実践によって深まり」「実践によって効果が上がる」哲学、だから実践哲学である。
現代に生きるための形而上学
現代は物質的には豊かになった。しかし心の豊かさ・精神の安定・人間関係の温かさは失われていく傾向にある。形而下(物質・科学)だけに偏り、形而上(心・精神・神佛との関係)を無視してきたからだ。
当来佛は火事の消火を譬えにして、「宗教も同じで、形而上の科学である。事実、この世の中にある出来事を調べて、解明する事が宗教であり、それを教えるのも宗教である。宗教にも科学的根拠がある」と説かれた〔出典:佛は、かく申された2〕。
当来佛は、生活での能率増進を説かれた。能率増進を行うためには、自分の周囲、自分の住む社会の能率、効率が高くならないと、自分の足を引っ張られることになる。そこで、他を教えで変え、周囲を変え、社会全体がこの大自然の法則で以って変わって欲しいという気持ちが起こる。これを「菩提心」と言う〔出典:実踐哲学の学び(その3)〕。
あなたへのメッセージ
人として日本に生まれ、この学び、法則に遭え、理解するのは奇跡に近い。当来佛の説かれた教えにあうことは「法縁」で、「先祖の余慶である」と、当来佛は教えておられる〔出典:実践〕。
問題は、遭った後だ。
「いくら縁が有っても、自分で結ばないと救われない。縁とは、自己と神佛の力である」(当来佛)〔出典:実践〕
「自己と神佛の力」とは、自分で求めようとする力と、神佛が業に応じて能いて下さり、力を出してくださるという意味である。
知ったら、深め、実践し、さらに、教え、他を救う役目が有るのだ。今、自ら運命を変える千載一遇のチャンスに来ている〔出典:実践〕。
終章の筋を、教えに遭うことから、他を救う役目までの一本の流れにしたのが図68である。
図68の読み方
図68は三段に読む。一段目は二万年続く教えで、当来佛は約五十年間教えを説かれ、「次の出現は二万年後」と予言された。この行は、その教えの「緒(ちょ)に就(つ)いたばかりである」。二段目は実践哲学で、「実践可能で」「実践するための」「実践によって深まり」「実践によって効果が上がる」の四つ。三段目は縁から始まる流れで、教えに遭うのは「法縁」で「先祖の余慶」。しかし「いくら縁が有っても、自分で結ばないと救われない」。知ったら、深め、実践し、教え、他を救う。
